千葉地方裁判所 昭和57年(レ)6号 判決 1983年5月27日
控訴人 田中心作
右訴訟代理人弁護士 吉田賢三
被控訴人 佐久間亀寿
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録記載の土地を明け渡せ。
三 被控訴人の本訴請求を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
主文第一ないし第四項と同旨の判決並びに主文第二項につき仮執行宣言。
二 控訴の趣旨に対する答弁
本件控訴を棄却する。
第二当事者の主張
一 本訴請求原因(被控訴人)
1 別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という。)及びその周辺地は、もと国有地であり、戦時中海軍航空基地として使用されていたが、終戦後、自作農創設特別措置法(昭和二一年法律第四三号、以下、自創法という。)の公布施行に伴い、周辺農民の買受け希望者に分割して売り渡されることとなった。
2 控訴人は、昭和二二、三年ころ、右国有地を分割して希望者に割当てるために地域の代表者によって自主的に構成された仮称分割委員会によって売渡対象地として本件土地の割当てを受けた。
3 被控訴人は、そのころ、控訴人から、控訴人が右割当てによって取得した売渡しを受ける権利を譲り受け、控訴人に対し、代金として昭和二六年一二月一五日に金一八一円を、同月三〇日に金五〇〇円相当の白米を交付して、本件土地の所有権を取得した。
4 本件土地には、千葉地方法務局長者出張所昭和四三年四月八日受付第一〇四二号をもって控訴人のために所有権保存登記が存する。
5 仮に右3の主張が認められないとしても、被控訴人は、遅くとも昭和二四年一一月一日に控訴人から本件土地の引渡しを受けて以来、本件土地が被控訴人に売り渡されたものとして、所有の意思をもって平穏公然に本件土地の占有耕作を続けて来たのであるから、それから二〇年後の昭和四四年一一月一日の経過によって取得時効が完成し、本件土地の所有権を取得した。
よって、被控訴人は控訴人に対し、本件土地について所有権に基づき、真正な登記名義の回復を原因とする、又は、時効取得を原因とする所有権移転登記手続を求める。
二 本訴請求原因に対する認否
1 本訴請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の事実は否認する。
4 同4の事実は認める。
5 同5の事実は否認する。
本件土地は、控訴人が昭和二二、三年ころから占有耕作を始め、以来、上京中の控訴人の許で妻の訴外田中てるも同居するため上京するに至った昭和三三年ころまで、引き続き耕作してきたものである。その後、被控訴人方で本件土地を耕作するようになったが、それは、控訴人が右てるの上京に当たり、てるを介して被控訴人に対し、控訴人らが帰宅するまでの間、本件土地の管理を依頼し、無償で耕作してもらうようになったためにすぎない。したがって、被控訴人の本件土地の占有は所有の意思を欠くものである。
三 反訴請求原因(控訴人)
1 本訴請求原因1と同じ。
2 控訴人は、控訴人の妻訴外田中てるとともに、昭和二二、三年ころから自創法第四一条の規定による売渡しを期待して本件土地の占有耕作を始め、同二三年ころ千葉県農地委員会に対して本件土地の買受けを申込み、昭和二七年七月ころ千葉県知事から本件土地について、売渡時期同月一日、対価金一七八円で控訴人に売り渡す旨の売渡通知書の交付を受け、政府から売渡しを受けて同月一日、本件土地の所有権を取得した。
3 被控訴人は本件土地を占有している。
よって、控訴人は被控訴人に対し、所有権に基づき本件土地の明渡しを求める。
四 反訴請求原因に対する認否
1 反訴請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の事実は認める。
五 反訴請求に対する抗弁
本訴請求原因5と同じ
六 右抗弁に対する認否
否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 本訴請求原因1及び4の事実並びに反訴請求原因1及び3の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 被控訴人は、本訴請求原因3において、昭和二二、三年ころ、控訴人から控訴人が仮称分割委員会の割当てによって取得した売渡しを受ける権利を譲り受け、本件土地の所有権を取得した旨主張し、《証拠省略》中には右主張に副う部分があるが、後記各証拠に照らして採用できないばかりか、右主張はそれ自体失当であるといわざるをえないのである。すなわち、本件土地は、後記認定のとおり政府が自創法第四一条第二項による売渡しをしたものであるから、その売渡しを受けようとする者は、千葉県農業委員会(昭和二六年三月三一日までは千葉県農地委員会、以下同じ)に対し買受けの申し込みをなし(同法第四一条第二項、第一七条)、同農業委員会が右申込者を売り渡しの相手方とする売渡計画を定めて(同法第四一条第二項、第一八条)、千葉県知事がこれを認可したうえ(同法第四一条第二項、第一八条第五項、第八条)、その売渡計画に基づき売渡通知書を売渡しの相手方に交付して売り渡し(同法第四一条第二項、第二〇条)、その交付があったとき、その売渡通知書に記載された売渡時期に本件土地の所有権が売渡しの相手方に移転する(同法第四一条第二項、第二一条)のであるから、たとい被控訴人が控訴人から売渡しを受ける権利を譲り受けたとしても、それによって本件土地の所有権を取得するに由ないのである。けだし、自創法は、自作農を創設して農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることを目的として(同法第一条)制定された、いわゆる強行法規に属するから、同法の規定に反する約定はそもそも無効であり、また同法による売渡地の所有権は、右のとおり売渡通知書の交付があったとき、その通知書に記載された売渡しの相手方に移転するのであって、それ以外の方法による所有権の移転はあり得ないからである。
したがってまた、被控訴人の主張が、控訴人の買受け予定者たる地位の売買あるいは控訴人が政府から本件土地の売渡しを受けたときは被控訴人に所有権を移転するとの条件付売買を意味するとすれば、これまた、売渡しの相手方は買受けの申込みをした者でなければならないとしている自創法第四一条第二項、第一八条第三項及び売渡しを受けた者が当該農地についての自作をやめようとするときは政府がこれを買い取ったうえ、遅滞なく自作農として、農業に精進する見込みのある者に売り渡さなければならないとしている自創法第四一条第四項、第二八条第一項ないし第三項に牴触することは明らかであり、かかる約定はその効力を生ずるに由ないのである。
かえって、《証拠省略》によれば、控訴人は、昭和二七年七月ころ、本件土地について売渡時期同年同月一日、対価金一七八円と定めて売り渡す旨の同日付売渡通知書の交付を受けて、政府から本件土地の売渡しを受け、右通知書に記載された売渡時期である右同日、その所有権を取得したものであることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はないので、控訴人が反訴請求原因2において主張する事実を認めることができるのである。
三 そこで、被控訴人の本件土地の取得時効の主張(本訴請求原因5及び反訴に対する抗弁)について判断する。
前記二で認定したとおり、本件土地は、控訴人が昭和二七年七月ころ、売渡時期昭和二七年七月一日と記載された売渡通知書の交付を受けて、政府からその売渡しを受け、所有権を取得したものであるから、たとい被控訴人がそれ以前から本件土地の占有を始めていたとしても、それは、特段の事情がない限り、将来政府が自創法により売り渡すべき土地として耕作を黙認されていたからにすぎないといわざるをえない。しかるに、《証拠省略》によれば、被控訴人は、本件土地と同じくもと海軍航空基地であった二筆の土地について、息子の佐久間一名義で政府から売渡しを受けており、本件土地についても所有権を取得するに至るまでの過程を知っていたと認められるから、右特段の事情の存在も認め難いのである。そし控訴人が本件土地について所有権を取得した昭和二七年七月以降、被控訴人が控訴人に対して民法第一八五条にいう「所有の意思の表示」をしたことについての主張立証がない本件にあっては、被控訴人の本件土地の占有を自主占有であると認定することはできないというほかない。
さらにまた、被控訴人が控訴人から遅くとも昭和二四年一一月一日までに本件土地の占有を承継したとする主張についても、右主張に副う《証拠省略》は、《証拠省略》に照らして採用できず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。
よって、被控訴人の取得時効の主張も失当である。
四 以上によれば被控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却し、控訴人の反訴請求は正当としてこれを認容すべきところ、被控訴人の本訴請求を認容し、控訴人の反訴請求を棄却した原判決は不当であって、本件控訴は理由がある。よって、民事訴訟法第三八六条により原判決を取り消し、本訴請求を棄却して、反訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担については同法第九六条、第八九条に従い、本件については仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 丹野益男 裁判官 菅原雄二 傳田喜久)
<以下省略>